起業は究極の遊び

すべての顧客&社員&取引企業が輝くことの出来る「日本で一番大切にされる会社」「社会にとってかけがえのない会社」「地域にとってカッコいい会社」を創造するためのヒント。 さらには、会社にとって、社会にとってかけがけのないビジネスパ-ソンになるためのヒントのおすそわけ!

自分の行動を「資産」にできる人になれ

木村勝男氏(実業家)に学ぶビジネスを輝かせるためのヒント・・・

資産とは、「価値のあるもの」「お金を生み出すもの」のこと、そういう意味で、私がよく言うのは、「自分自身を、自分のいちばんの資産にできるようになれ」ということです。

お金を稼ぐことは大事ですが、稼いだ額とか稼いだ方法よりも、「いつなんどき、何があっても、どんなことをやってでも稼げる自分になる」ということが、何よりも大事だと私は考えています。

「資産」とはまた、「お金を生む力」でもあります。

ですから私自身も、常に自分の行動を「お金を生む」動きに持っていくように注意しています。

例えば、年に何度も行く海外旅行も、「観光」ではなく「視察」です。

特に、カンボジアなど東南アジアの国々や、モンゴル、ウズベキスタンなどの新興国は、「メシのタネ」があちこちに転がっているビジネスの宝庫です。

ただ行って観光して、美味しいものを食べてお金を使ってくるだけではなく、「メシのタネ」「お金を生む力」になるものを必ず持って帰ってくるのです。

皆、自分のなかに、自分だけの宝を持っています。

自分の「資産」になるタネを持っているのです。

そのタネを見つけて、育てていきましょう。

(メシが食える力をつけなさい!/サンマーク出版

『メシが食える力をつけなさい』『仕事は「もらう」ものではなく、「つくる」もの』
『「メシの種」を探せ、「メシの種」を作れ』・・・著者の木村勝男氏は私たちに強烈に訴えかけてきます。

人間にとって一番大切な力・・・、これについては色々な意見があることでしょう。

それでもこれからはどんな時代になっても、どんな事態になっても「自分の糧は自分で稼ぎ出す力」、つまり「メシが食える力」はこれからの時代、全国民必須事項となるのではないでしょうか。

なぜなら現代は明らかに先行き不透明な時代だからです。

このような時代には自分の意識を「他人依存」ではなく「自分依存」にシフトしていくことがとても大切であるように思います。

「他人に頼る」のではなく「自分に頼る」ということです。

妻や夫に頼る、会社に頼る、地域に頼る、国家に頼るから「自分に頼る」ということです。

どこまでも自分に頼り切る・・・まさに独立家です。

教育哲学者の森信三先生の言葉を借りるなら、学歴にも、履歴にも、肩書というのにも一切もたれずに、本当の裸一貫で、自分の命の限りを出して生きてゆく・・・、自分は一体どれほどの人間になれるか、どの程度の実力ある人間か、一生涯かけて試してみようという思いを常に胸に抱いて生きている人間のことです。

本当の安定とは大きな会社や有名な会社に勤めるのではなく、自分の中のスター(創造性)を解き放つことによって生まれるのだと思います。

『自分の行動を「資産」にできる人になれ』・・・、この言葉もまた生涯、心に刻みつけておきたい言葉です。

今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。

うまくいったら銭が儲かる。うまくいかなかったら経験が儲かる

木村勝男氏(実業家)に学ぶビジネスを輝かせるためのヒント・・・

「失敗したことないんですか?」

「リスクを冒して怖くないですか?」

そんなことをよく聞かれるのですが、私はいつも決まってこう言います。

「いくらでも、失敗はあるわ。そら、成功すれば銭が儲かるからそれに越したことはあらへん。けどな、失敗したら、『経験』が儲かるやんか。どっちにしても儲かるんやから、やったほうが得ゆうことやねん」

ということは、何もやろうとしない人、経験しない人がいちばん大損をするわけです。

そして、私の周り、というか日本には、こういう大損をする人が、実に多いのです。

「人様に迷惑がかかるし」「条件が揃わんし」「今までやったことがないから」と、いろいろ理由をつけては、やらないのです。

「やったことがない」などは、やらない理由にはなりません。

むしろやる理由になるのではないかと思うのですが。

私はこれまで30以上の業種をやってきましたが、「今までに経験があること」はどれかひとつとしてありません。

皆いつでも「初めての挑戦」でした。

それでも「できんのやないか」と思うことは一度もありませんでした。

「できんのやないか」とよけいな不安を感じる前にまず動き、動きながら「どうしたらできるやろうか」を考えていたからです。

自分の手ではどうしても無理と思ったら、「できる人」を探して連れてくるという手もあります。

そのほうがうまくいくことも多いのです。

何もかも自分でできるなどとは、思わないほうがよいと思います。

もう一度言いましょう。

やって成功したら銭が儲かります。

仮に失敗しても経験が儲かります。

それを次にいかせば、もとはとれるでしょう。

でも、何もしなかったら、何も儲からないのです。

(メシが食える力をつけなさい!/サンマーク出版

著者の木村勝男氏は言います。

『日本では、一度失敗すると、「あいつはだめだ」と烙印を押されてしまいがちです。ですから皆、失敗を怖がるのです。失敗を怖がるばかりに、新しいことにも臆病ですし、「挑戦しよう」という気概も持てないのです』と・・・。

この失敗を怖がるというのは何も社会人になってから身につけたわけではありません。

幼い頃は家庭で植え付けられ、物心がついたら学校で植え付けられてという、長い期間を経て積み重ねてきた結果です。

こんなことをやってみたい、こんな人間になりたいと何度となく思っても最初のうちは周りの大人たちに制止され、いつしか自分自身で心の本当の欲求を押さえつけるようになってしまいました。

「失敗は悪いことである」という信念の確立です。

失敗は悪いことなのですから、何か新しいことなどに挑戦しようなどとは思いもしません。

この信念が強固な人たちの特徴は「今だけ、自分だけが良ければいい」です。

しかし、このような人たちが社会の大多数を占めてしまったらどのようになってしまうのでしょう。

子供たちも希望を持てず、退廃的な世の中に成り下がってしまうことでしょう。

そろそろここで私たちは重要なことを想い出したほうがよいのではないでしょうか。

それは私たちには「失敗は悪いことである」という考え方を選ぶ自由も、「失敗は良いことである」という考え方を選ぶ自由も与えられているということです。

どちらを選んでもよいということです。

個人的には「失敗は良いことである」という考え方を選んだ方が心地よいと思うのですが・・・。

私はもちろん「失敗は良いことである」という考え方を愛用しています。

失敗せずにうまくいったらお金が儲かりますが、失敗してうまくいかなかったら、新たな知識はもちろん、新たな方法及び技術、またまた新たな人脈が与えられるのですから・・・。

「うまくいったら銭が儲かる。うまくいかなかったら経験が儲かる」・・・生涯、心に刻みつけておきたい言葉です。

今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。

高倉健さんの「粋」は、どこから来るのか

ビ-トたけし氏に学ぶビジネスを輝かせるためのヒント・・・

俺なりに言うと、「粋」っていうのは「常識をわきまえた上での、もうひとつ上の生き方」なの。

それにはまたいろんな意味があるんだけども、まずは他人に気を使えることが大事になってくるんじゃないかと思ってる。

気遣いができる人って、すごくかっこいいじゃない。

それで真っ先に思うのは、高倉健さんだね。

健さんのかっこよさは、その気遣いのすごさにあると思う。

俺は初めて高倉健さんに会った時、感動したもん。

もう二十年以上前だよ、『夜叉』って映画で共演することになって、ロケで福井に向かったんだ。

そしたら健さんが福井の駅のホ-ムで待っててくれたの。

雪の中、花束を抱えてね。

「たけしさんですか。高倉健です。私の映画に出てくださって、ありがとうございます。よろしくお願いします」

電車から降りたらそう言われてさ、花もらっちゃって。

ああ、今のは高倉健だ、どうしよう、参ったなと思った。

あと渡哲也さんもかっこよかったな。

もうだいぶ前のことで、ラグビ-の松尾雄治と銀座のクラブに飲みに行った。

松尾は明治大学の後輩にあたるから、俺のことを「先輩、先輩」って呼ぶんだ。

それで松尾の誕生日に「先輩、一杯おごってよ」とか言われたわけ。

クラブに入ったら奥のほうに渡さんがいたんで、俺は挨拶したのね。

「どうも、たけしです」

「あれ、たけしさん、今日は何?」

「いやちょっと松尾雄治の誕生日で、おごらなきゃいけないんですよ」

「たいへんですね」

てな感じでお互いに挨拶して、あとはそれぞれ飲んでいたんだけども、そのうち渡さんたちが先に帰ることになった。

「たけしさん、お先に」

「どうも」って会釈して、また俺たちはワ-ワ-言って飲みはじめたの。

それでさんざん飲んでたら、突然俺たちの席に花束が届いたんだ。

見たらカ-ドがついていて、「松尾雄治様 お誕生日おめでとうございます 渡哲也より」って書いてある。

ビックリしちゃってさ。

それでもっとビックリしたのはお勘定の時。

俺たちも帰ろうかということで、お勘定お願いしますって店の人に言ったら、もう終わってるの。

「渡様がおすませになっています。お誕生日ですから、と」ああ、すげえなあと思って。

俺が松尾におごるはずが、渡さんに全部おごられちゃった。

おごってくれたからすごい人だって言うんじゃないよ。

誕生日を祝ってくれる気の使い方がすごいんだよ。

(下世話の作法/祥伝社

粋な人とは他人に細やかな気を使える人、そして気を使える人とは、どうしたら喜んでもらえるかという真心を常に持っている人。

たけしさんは著書の中でこんなエピソ-ドも紹介しています。

『師匠(故深見千三郎氏)と浅草の寿司屋へ行って、お勘定の段になったら師匠が俺に財布を渡す。

その時小声で「チップ、一人一万ずつな」と言って、自分だけ先に店を出る。

直接チップをあげたくない。

「まあいいから、とっといて」なんて絶対に言いたくない。

姿を消すから粋であり、気遣いの押し売りをしないから粋なんだ。

チップを払う持ち合わせがないから食いに行かない、なんてこともよくあった。

「寿司代はあるけどよ、あげる小遣いがないんだよ。だから今日は行かねぇ」って、かっこいいんだ』・・・。

高倉健さんも渡哲也さんも人には大いに気を使うがさりげない・・・、そんな粋な大人だったからこそ、亡くなられた今でもその人柄が語り継がれているのだろう。

粋な大人は本当にかっこいい。

「下品」な大人ではなく、「粋」な大人こそ目指していきたいものです。

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経済的に苦しいときこそ与える

バ-トン・ゴ-ルドスミス氏(心理カウンセラ-)に学ぶビジネスを輝かせるためのヒント・・・

寛容の精神で人びとに与えることによって得られる喜びは計り知れない。

それはこの世で最高の「抗うつ剤」である。

なぜなら、与えることと自信を持つことの間には密接な関係があるからだ。

経済的に苦しい状況では、慈善事業に寄付したりボランティアとして働いたりするのは到底無理だと思うかもしれない。

日々の生活に追われていると、自分のことで精一杯になりがちだが、それでも多くの人が人びとに与えている。

彼らはその理由について、「そうすることで気分がよくなるから」と説明する。

与えることはエネルギ-の循環を促進する。

与えることによって相手に向かうエネルギ-は、やがて自分のもとに返ってくるからだ。

私はこれまで何度か経済的ピンチを経験したが、そんなときでも慈善団体への寄付を続けたところ、いつも自分の人生が好転した。

与えることによってチャンスの扉が開いたのだ。

信じられないかもしれないが、それは事実である。

恵まれない人びとに少しでも何かを与えると、自分が社会に役立っていると感じて自尊心が高まり、積極的に切り開く自信がつくのだ。

アインシュタインは「自分が受けたのと同じかそれ以上の恩恵を社会に与えることは、万人に課せられた義務である」と言った。

昨今、経済情勢がたいへん厳しくなっているが、だからといって与えることをやめてはいけない。

恵まれない人びとに与えると、お互いに恩恵を受けることができる。

(自信がつく方法/ディスカヴァ-・トゥエンティワン)

経済的に苦しい時は、確かに不便ではありますが、不幸ではありません。

お金がない時こそ、本当の自分の価値に気づくことが出来るし、また「与える」ことの大切さを想い出すことが出来るからです。

私たちは経済的に苦しい時こそ、人に与えなければならない・・・。

与えるものは何もお金など物質的なものだけではありません。

優しい眼差しで接すること、穏やかな顔つきで接すること、優しい言葉遣いで接すること、他人の悲しさを分かってあげること、荷物などを持ってあげること、座席を譲ってあげること、雨や風をしのぐ場所を与えることなど・・・、出来ることは無限にあります。

このような形のないものを徹底的に与えることで、自分の中に既にある豊かさの心を引き出すことが出来るようです。

形無きもの、有るもの・・・、多くを与えることの出来る人間でありたいものです。

今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。

戻る勇気を持つ

境野勝悟氏(哲学者)に学ぶビジネスを輝かせるためのヒント・・・

普通、前に歩くことは、だれにでも簡単にできる。

が、そのままの姿勢で後ろ歩きすることは、むずかしい。

前に走っていくことも、わりあい簡単にできる。

が、そのままの姿勢で後方へ走ることは、ほとんど不可能なことだ。

今日の社会は、だれもが進歩することしか考えていない。

進歩進歩、前進前進の毎日。

汗水たらして、追っかけっこをしてしまった。

結果、みんなが幸福になったのか。

いや、それどころか、無理な進歩をつづけて、危険な崖にぶつかって倒産したり、谷底に落ちて身を失ったりした者も多い。

一歩退けば崖にはぶつからなかったのであろう。

一歩退けば、谷へ落ちなかったのであろう。

現代人は、進歩には強いが、退歩に弱い。

進歩には勇気はいらない。

が、退歩には強大な勇気と工夫がいるものだ。

強烈な意志を持って退歩をすれば、自分の原点に戻れる。

自分の原点に戻れれば、崖っぷちでも谷間でも、しっかりと踏みとどまれる。

道元「禅」の言葉/三笠書房

進歩と退歩、もちろん進歩も必要ですが、今の時代ほど退歩が求められている時はないのではないでしょうか。

私が考える退歩とは、やりたいことではなく、やらなければならないことを優先することです。

物の豊さではなく、心の豊さを優先することです。

成長するから成長しないへ、そして儲けるから儲けないへと舵を切ることです。

本当にこれからの時代は、自分のやりたいことではなく、やらなければならないことを優先させる時期であることを痛感しています。

やらなければならないことというのは今までの“負の思い”を清算させるということでもあります。

それを優先しないことには未来はないことは明白です。

進歩より退歩・・・、強烈な覚悟が必要ではありますが、このような時代だからこそ大いに実践していきたいものです。

今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。

「外はどしゃ降りでも心はいつも晴天」に保つ知恵

ウェイン・W・ダイア-氏(心理学博士)に学ぶビジネスを輝かせるためのヒント・・・

地球は非常に予想しやすいように動いている。

ここに住む人びともまた同様である。

真の「犠牲になるまいとする人」とは、多くの無意味な争いごとに関与せず、流れにそむくかわりに、それにそって流れていく人であり、ここでの滞在を心から愛し、楽しむ人である。

あなたの目に入る現実は、それを楽しむために足を止めてみると、とってもわくわくするようなものに見えてくる。

砂漠にいると暑いし、砂まみれになるだろう。

そこであなたは、望むならばそれと精神的に戦い、不平をいうこともできるが、砂漠は依然として暑いままなのである。

しかし、新しい目でまわりを見渡し、砂漠そのものを楽しもうとすることもできる。

熱を身体で感じ、毛穴にしみこませる。

小さなトカゲがいたるところでチョコチョコ走りまわっているのを見たりし、サボテンの花を鑑賞し、頭上を飛翔する鷲を見ることもできる。

あなたが砂漠を退屈だといったり、暑さに対して文句をいったりせず、また、その場にいることを悔やんだり、その他現実の犠牲になったために起こるすべての愚かさを選ぶことをやめれば、砂漠を味わう方法はいくらでもあるのだ。

あなたは雷雨をいろいろな方法で体験することができる。

恐れたり隠れたり、文句をいったり呪ったりすることもできる。

一方であなたは、嵐の間じゅう緊張をほぐし、嵐を身体で感じ、耳で聞き、香りを嗅ぎ、抱きしめることもできるし、嵐が持っている独特のものを残らず満喫することもできるのである。

嵐が去ってしまったなら、回復していく天気に波長を合わせて、新しい形になった雲をながめることもできるし、風がそれを吹き送るのを観察し、雲の形の変化を調べることもできる。

このようにして、絶え間なく、そのときどきの現実を味わうことができるのだ。

(どう生きるか、自分の人生!/三笠書房

私たちは生きている限り、晴れの日という良い状態の時もあれば、雨の日や嵐の日という逆境の時もあります。

逆境に置かれた時、私たちはしばしばその逆境自体を呪うことを選択してしまいがちです。

しかし、その逆境を楽しむことを選択することも出来ます。

どちらを選択してもよい・・・。

呪うことで状況が劇的に改善されるのであれば、徹底的に呪うことに徹しますが、状況は改善されることはありません。

だとしたら、その状況を楽しむと決めた方が絶対にお得でしょう。

嫌な人や物事に対して、このような現象は私に何を気づかせようとしているのだろう、この現象が精神的にも物質的にも豊かになれるチャンスだとしたら自分は何をやればよいのだろう・・・、このような問いかけを自分に投げかけていくと、だんだんと人生が拓けてくるようです。

雨や嵐の状態というのはいつまでも続くわけではありません。

必ず過ぎ去る時がやってきます。

せっかくの人生、晴れの日であってもそうでなくてもそれぞれを満喫することを心がけていきたいものです。

今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。

生きざまを遺す

上甲晃氏(志ネットワ-ク主宰)に学ぶビジネスを輝かせるためのヒント・・・

最近時々思うんですが、我々が子どもや孫に遺すべき遺産って、一体何だろうかって。

家でしょうか。

貯金でしょうか。

土地でしょうか。

商売でしょうか。

あるいは名誉でしょうか。

一体我々は、何を子どもや孫に遺すのでしょうか。

私は生きざまだと思います。

家や土地や財産や商売、貯金というのは、遺しても必ず相続争いをするんですね。

「うちの親父って凄かったよなぁ。どんな時でも人に求める限りは、必ず実践したよなぁ」。

この一点でいいんです。

この一つだけでも遺すことができたら、子どもや孫にとっては、最高の遺産相続だと思います。

そして、これには遺産争いがないんですね。

(自分から変わる勇気を持てますか/やずや心の文庫)

生きるということは社会的肩書を充実させていくことだと言う人がいます。

○○会社代表取締役、○○法人理事長、○○会社会長・・・、こういった肩書をこれでもかこれでもかというぐらい名刺などに書き連ねていくことが生きるということなのだそうです。

しかしよくよく考えてみると、そんなものは子孫に遺すことは出来ません。

遺すことが出来るのは人生の肩書の方でしょう。

人生の肩書とは一人の人間として如何に生きてきたかということ・・・。

例えばこのようなものがあります。

「人に求める限りは、必ず実践する男」、「不可能を可能にする男」、「日本一常識にとらわれない男」、「日本一挑戦し失敗を恐れない男」・・・。

そしてこの人生の肩書にふさわしい人間になるためにどうしても必要なものがあります。

それが逆境や困難です。

ある学校のチャペルには二つの文字が刻まれているそうです。

それは「難有」。

どのような意味かというと、人生というのは困難「難」、そして苦しいことが一杯ある「有」。

つまり「難有」ということ・・・。

ところがこれを下から読むと、興味深いことに「有り難う」、ありがとうになるのです。

感謝は困難の中から生まれてくるということです。

さらには人生の肩書も困難から生まれてくる・・・。

人生の肩書とは生きざまそのもの・・・、これこそ大切にしたいものです。

今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。